奄美は未知の島である。知られざる珊瑚礁の島である。奄美が中央のマス・メディアに登場したことはほとんどないし、九州の南にミルキー・ウェイのように点々と連なる南西諸島のほぼ中央というその位置や島の名を正確にいいあてられる人は少ない。
 また、この島々が教科書に登場することもないし、日本史の表舞台で華やかな主役を演じたこともない。  だからかつて奄美が琉球王朝の支配下にあったことも、薩摩の圧政に苦しみ抜いたことも、また戦後アメリカ軍政下にあったことも、遠い歴史の彼方に過ぎ去っていこうとしている。
 ましてやいま奄美に住む人々が、どのようにくらしを立て何を信仰し、どんな社会を形づくってきたかはほとんど知られていない。やはり奄美は未知の島である。
「昭和58年、現代のエスプリ 奄美の神と村より」

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2009年07月07日

奄美市重要史跡「山間(やんま)権現」

 西仲間のマングローブ原生林を左手に見ながら、市に向かって走っていくと、山間(やんま)戸玉(とだま)、市(いち)と集落があります。

 山間の子ども達は、住用小学校に通っているようです。

山間集落のはずれに見晴らしのいい小高いところがあります。そこに山間権現はありました。

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  奄美市教育委員会が、山間権現について説明がしてありました。

yannma090704.JPG


■ 奄美市重要史跡 「山間権現」

 中世末期までの見張り所として設けたという。

一説には、壇ノ浦で敗れた平家一族が、源氏襲来に備えて岬番所を置いた所とも云われている。

 明治以降は、幾度もの戦没に際して、出兵兵士に武運長久を祈願したり、また、疫病蔓延や天災からの安全加護など、人々が長い歴史の中で深い関わりをもち続けた重要な史跡である。

                  奄美市教育委員会■

と書かれています。










 
ラベル:山間権現
posted by thida at 01:25| Comment(0) | 石碑に見る奄美 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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